(森田療法)あるがままに生きる 大原健士郎

(森田療法)あるがままに生きる 大原健士郎

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(森田療法)あるがままに生きる(講談社α文庫)大原健士郎

(森田療法)あるがままに生きる 大原健士郎

 

あるがままに生きる 森田療法の心の処方箋 (講談社+α文庫)

 

森田療法の本は様々ありますが、歪んだ考え方を打ち砕く読書療法としてはこの本をお勧めできます。単なる説教集と考えられないこともないですが、論理療法(REBT)で言う「イラショナルビリーフ」を打ち砕ける名言が多いです。私も目から鱗が落ちるような考え方をいくつか、この本から学びました。古本屋でもお手軽に手に入りますが、おすすめできる本だと思います。

 

いくつかコメントをつけながら印象に残った名文句をご紹介します。

「気分」にこだわりすぎてはいけない

「気分本位」よりも「行動本位」で生きる

「これは何も神経症の人に限ったことではなくて、普通の人にもあることなんだ。今日はどうも気分が重いとか一日中モヤモヤするとか気分本位に眺めていくと、いろいろある。しかし行動の面を重視してみると、多少気分の変動があっても日常生活がきちんとできるようになったとすると、それほど行動の変動はない。そのときどきの気分を病気とみなすか、それはそれとして日常生活がきちんとできているから健康とみなすか、という問題だね。あなたは、まだまだ気分を重視している面があるのではないかという気がする。」(P98)

 

「患者さんの中には、こころを健康にすることによってはじめて健康になるという人もいるけど、こころの健康とはいったい何かと思うんだ。人間は朝から晩まで、爽快な気分でいられるわけじゃない。ときには憂うつになったり、孤独を感じたりするように、気分のよいときばかりではなく、悪い時も多い。・・神経症の人はそれにこだわって、それから逃れられないっていうんだ。・・・もう考えること、本を読むことは脇に置いて、やるべきことをやっていくようにしよう。」(P271-272)


森田療法では「気分本位」という言葉をよく用います。自分の「気分」を最重要視する考え方で、気分が少しでも悪ければ、すべてが台無しになってしまう人がいます。しかし、大原氏が指摘するように、絶えず気分が良い日、良い人なんてめったにいるものではありません。みな、気分が悪かったり、疲れたりしていても、やるべきことを淡々とやっています。そこで「行動本位」という言葉が出てきます。「行動」しない言い訳として「気分」を使わないことです。

 

論理療法(REBT)を絡めて私が興味深いと感じたのは、落ち込んだり、憂うつになる人というのは、やはり「気分」を重視しがちなのではないかということです。おそらく、こういう思い込み(イラショナルビリーフ)があります。「私はどんな時でも気分がよくあるべきだ。もしそうでなければ耐えられない。」

 

自分の気分を完全にコントロールすることはできません。気分が良い状態が望ましいのはもっともで、それはラショナルな考え方ですが、気分の良さに「絶対」を求めると途端にイラショナルビリーフとなります。この信念が強ければ強いほど、荒波の中の小舟のようにあちらこちらに振り回されることになります。人の気分なんて一日のうちで何度も変わるものなのです。全くさざ波も立たない海など無いのですから、その要求は不合理で非現実的です。よりラショナルな考え方は「気分が良いにこしたことがないが、もしそうでないとしても、やるべきことは行える」というものになるでしょう。言葉にすると驚くほど単純ですが、一度、自分を縛り付けている愚かな信念に気が付けると、楽になります。

 

良い人間関係は手段にすぎない

「人間関係をよくするのは、人生の最大目標ではなく最終目標でもない。人間関係を形成するということは、さらに大きな自分の希望とする目的を達成するために、基本的に大事なことだ。だから、人との付き合いを重視してやっていこうとということで、一つの手段だ、人生をよりよく生きるための手段にすぎないのだ。

 

人前でオドオドしないで、うまくしゃべれたからと言って、別に威張ることでもないんだし、そういう人に限って言うべきではないことを言ってみたり、その場もわきまえずにはしゃいでみたりして、客観的にみると人に嫌われたり、人に不快感を与えている可能性が強い。」(P174)


社交不安障害だったり、対人関係を極度に重視する人は、手段と目的が入違ってしまう危険に陥ることが少なくありません。人生を旅に例えれば、ゴール目的地につくためには連れ合いがいればその道は楽しいものですが、必ず連れ合いがいなければいけないわけではありません。時には、苦しくても一人で黙々と上ることが必要な時だってあるのです。いつでも、最良の人間関係を得なければならないと考えると、逆にゴールからそれさせてしまおうという人間関係にもはまりこむ危険があります。

 

論理療法(REBT)のエリス博士はよく「愛がなくても生きていける」と言っていたそうです。私は最初は、この言葉は腑に落ちなかったのですが、大原氏の指摘と合わせて考えると分かる気がします。「私はどんな時でも愛が無ければ生きていけない。もしそうでなければ耐えられない。」という極端で非現実的な信念を持てば、出会う人、出会う人に媚びて、必要以上の人間関係を築こうとする愚に陥りがちです。崇高な目的を持つ人は、時に伴走者が誰もいなくても、そこに向う必要があることを知っています。森田療法のいう「目的本位」であれば、良い対人関係は「あればよいもの」というラショナルな考え方になることでしょう。よりラショナルなビリーフを考えてみましょう、「私は目的を達成するためには、人が時に孤独であることも理解している。良い人間関係があれば、それにこしたことはないが、そうではないとしても耐えることができる。」、こんな感じになるでしょうかね。

 

「神経質」は治らない

「神経質は一生治らない」(P276)

 

「たとえばある人は豪放磊落で物事にこだわらず、いつも高笑いしている豪傑肌の人だとしよう。しかし、それを裏返せば無神経で図々しく、人の気持ちもわからないような自分勝手な人だというように見られるんだよ。だから、神経質というのは、取り越し苦労が多くて小心者で、グズグズ不平を言っているとみられるが、裏を返せば、非常に細心だから失敗も少ない。人に対する配慮も行き届いている。人の身振り手振りや話しぶりから人の心を敏感に悟って対応するから、慎み深いとか、いい性格だとか言われる。規律も守るし、いい仕事もする。このように、性格というのは両面がある。だから自分の性格を知って、できるだけ良い面を発揮するようにし、悪い面は見せないことが大事だ。」(P51)


自分の細かな性格を治したいと意気込む人がいますが、変わらないものは変わらないと受け入れることも大事です。神経が細やかな人には悩みがつきものですが、神経が大雑把な人にも悩みがつきものだということです。お互いの長所・短所を補い合うのが人間で、自分の生まれ持った性格をあとは上手に活かしていくことが必要なことなのです。「この性格さえ治せば、もっと幸福になれる」というのは不合理な考えで、この性格だからこそのメリットに注意を向けるのは柔軟な考えになると言えます。どうも、神経質な人は自分に注意を向けすぎるようですが、ありのままの自分を認められるようになった時に、その時に人は満足感を抱けるのではないでしょうか。

まとめ

日本独自で発展してきた森田療法と、論理療法(REBT)には驚くほどの類似点があります。どちらも「受容的な態度」を教育しますし、目的本位の「行動療法」的な側面を持つ心理療法です。言葉にすると当たり前のことしか言っていないと思えるシンプルな方法は、人のイラショナルビリーフを粉砕し、ラショナルなビリーフを獲得させるときに大きな力を持ちます(なんのこっちゃ)

 

書籍情報


あるがままに生きる 森田療法の心の処方箋 (講談社+α文庫)

 

人が生きていく限り、さまざまな不安や悩みはあって当たり前。苦しみ、悩むだけでは精神は回復しない。自らの神経質に悩む人は、その神経質を生かした生き方がある。「あるがまま」に受け入れ、やるべきことをやることだ。患者の症例を多数あげながら、「心の主治医」が森田療法の実践を優しく説く、現代人必読の一冊!!

 

目次

第一講 強力な精神エネルギー転換術として
日本が誇る心理療法
生の欲望
絶対臥褥療法という治療
あるがままとは
森田療法の現代化・国際化

 

第一章 不安のない人間はいない
第二講 調和を保って生きる
確認癖に苦しむ
欲望に沿って建設的に活きる
悩んでいるということは皆同じ
これだけは人に負けないというものを
第三講 人間の性格には両面がある
摂食障害に常に悩まされて
食べることはストレス解消になるが
性格の良い面を発揮すること
善悪不離、苦楽共存
第四講 素直に行動する
突然、長男が学校を休んで
どんな子にも反抗期はある
子育ての苦痛は当たり前のこと
「子、子たらずとも、親、親たれ」

第五講 目的をもって生きる
対人恐怖がが高じて
神経質のよさがある
ビクビク生きることがよい結果を
人間の愚かな性
第六講 行動本位に生きる
死の恐怖に脅える
人生というのは一つの確率
死とはなにか
気分本位をやめる
第七講 自分を顧みる生き方を
次々と痛みに悩まされ
人が痛みに耐えるとき
痛みのメカニズムは複雑
さあ治せ、では治らない
第八講 一つの価値にとらわれずに生きる

仕事の悩みで不眠に
考え方に飛躍がある
「眠りは与えられただけとる」
神経質の使い方が下手
第九講 気分の変動を行動に出さない生き方を
自動車事故をきっかけに会社が苦痛に
気分の変動は誰にでもあること
他人から見た自分の姿
独り布団の中で泣けばいい

 

第二章 他人、世間に関心をもって生きる
第十講 自分本位をやめて生きる
上司とうまくいかず、精も根も尽き
素直に受け取る
準備で疲れ果ててしまう
仕事は自己実現
第十一講 ときには潤滑油になりきる生き方を
昼夜逆転生活で休学に
自分で神経症をつくるタイプ
自ら潤滑油的な働きを
人と調和を保つ技は習慣から
第十二講 神経質を生かして生きる
さまざまな恐怖症に襲われ
病気がよくなる時期はさまざま
純な心を大切に
一つ一つ工夫をして毎日を

第十三講 苦痛なこと、いやなことはなくならない
社員食堂に行くと吐き気がして
苦痛は、誰もが経験すること
なれることでどうにかなるもの
いやなことはいつまでもいやなこと
第十四講 健康な生活習慣を
会社で、突然、心悸亢進症に
倒れるものなら倒れてみろと
目的本位の行動とは
自分の悪い癖を治す
第十五講 自分のために泣くより、人のために涙を
確認癖に苦しみ退職、外出も困難に
だれにでもある悪い癖だが
悪い可能性を恐れてもしょうがない
だめなら方向転換をする
第十六講世間を知り視野を広げる姿勢を

同僚と意見対立、無気力化、休職へ
他人の行動から学ぶ
自分の悩みだけが大きく思えるもの
神経症は一気に治すことが大事
第十七講 自分から働きかける人付き合いを
対人緊張に悩み、仕事が長続きせず
人に好かれたい、よく思われたい
よい人間関係は人生の手段にすぎない
社会の基本的なルールを知る

 

第三章 逃げない生き方が性格を変える
第十八講 開き直りの生き方を
突然、対人恐怖に
人と話をするのは辛いもの
自分をさらけだして
失敗したってどうってことはない
第十九講 自分のやれることをきちんとやることから
人前で手が震え、ついに離婚
治る治療法を探し出す
楽しい人生を求めていく
医者にまかせてしまう
第二十講 人間の性格は変えていける
社内の人間関係に溶け込めない
気質・性格・人格
仮面をかぶったつきあい
五十、六十になっても人間は伸びる

第二十一講 治す治さないは末梢の問題
暗い性格・自信喪失・無感情
己の性を尽くす
人の性を尽くす
何かに逃げてはいけない
第二十二講 素直になりきる生き方を
神経性大腸炎が続き
挫折の体験はプラスになる
素直になれば治りも早い
ヤシの実になりきる
第二十三講 嘆き悲しんでくれる人を忘れずに
大学受験のプレッシャーから
親のすすめで
失敗と反省の繰り返しを
母の涙を肝に銘じて
第二十四講 人生における価値はいくらでもある

戸締りの確認に三十分以上も
結果はよし、だが
「普通の人間になれ」
何に対して苦労するかが重要
第二十五講 生活の中にリズムをつくって生きる
妻として母としての自信を失い
まず、薬で回復させてから
生活のリズムが乱れると心も乱れる
家庭の中にひとつの流れを

 

第四章 人生は失敗の連続である
第二十六講 逆境にめげない生き方を
めまい感、やがて出社拒否に
どこも悪くないのに具合が悪い
治らなくてもいいんだ
精一杯の自己実現を
第二十七講 足元ばかり見ていると転んでしまう
瞬き目に悩む
得をしている性格
自転車に乗っている時のように
ネオ・モリタセラピーとして
第二十八講 頭でわかっても、体でわかっていない
仕事中に不安発作、胸の圧迫を感じ
どうしても自分本位になりがち
逃げれば逃げるほどおいかけてくる
まず、健康人らしい生活から

第二十九講 神経質がなければ人生は失敗だらけになる
薬依存で大学受験にも失敗
神経質な人は一生神経質で終わる
目的をもって健康人らしく振舞う
治り方を習っているだけ
第三十講 信仰心は人間として当然のこと
涜神恐怖から勉強も手につかず
人は心の支えを求める
神は愛である
森田療法と宗教の違うところ
第三十一講 人間、考えていることとすることは違う
自分が人をひいたのではないかと
主観的なものと客観的なもの
自分のことだけに関心がある
ストレスを肥やしにする生き方を
第三十二講 自己実現の努力を続ける生き方を

突然意識が遠のき、心悸亢進に
やることすべてがいいとは限らない
一生懸命の姿は美しい
失敗を成功のもとにして
第三十三講 陽気な未亡人なんかいない
夫が急死、その後不安発作に悩む
自分が先に死ぬか、夫が先に死ぬか
子どもに頼ってもだめ
一生懸命に苦しんで立ち直る

 

あとがきにかえて 森田療法の今日的意義
森田正馬と森田療法
森田療法の特色
森田療法の今日的意義

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